鬱の一時




 「ねぇ郁美、今日アタシの家で一緒にテスト勉強しない?」

 それは突然の発言だった。

 「何で?」

 私は勉強してもしなくても、さほど成績は変わらなかった。勉強しても結局はやった範囲をコツコ
  ツと復習したり予習をするので、勉強しなければならないほど成績は悪くない。たけどこの人は…

 「いやね、数学のテスト範囲で解らないところあるから」

 あなた数学は大の得意でしょ!?

 と、心の中で大声で叫んだが、彼女「会田 沙紀 (あいだ さき)」は数学はいつも高得点で、私「若
  夏 郁美 (わかなつ いくみ)」はいつも平均点であるから、彼女の発言は嫌味にしか聞こえない。

  もしかして喧嘩売ってる?

 「アンタそれ、私の数学の成績を知った上での発言なの?」

 「あれ?アタシより低かったっけ?」

 殴っていいですか?

 まあ殴りはしないけどさ。

 彼女は私の成績をなぜか知り尽くしていた。いや、成績だけではない。誕生日から趣味、スリーサ
  イズ、私のお気に入りのお店に至るまで何でも知っていた。

 彼女と出会ったのはこの高校に入学してからで、今は3年生だから付き合いは最低でも2年間。
  そして、今は6月だから…数えるの面倒だな。

 だけど、彼女が私の情報を話したのは1年の時の夏休み直前のこと。しかも、それ程仲良くなかった
  し、話しをした事も数えるほどしかなかったのに。

 最初聞いたときは唖然としてて、私は何も言えなかった。

 いや言えないでしょうよ!だって突然言われたんだよ!?
 
 しかもあの時、少々強引だった気がする…

 その頃からだね。私が沙紀と話しするようになったのは。
 
 あの頃の沙紀は――

 「――って、郁美聞いてる?」

 聞いてませんけど何か?

 「聞いてない。聞きたくない。聞けるはず無い。アナタ怖イカラ」

 「そこまで言わなくても。…ていうかなんで最後カタカナ?」

 「気分です。気にしないでください」

 ハァ、鬱だ。なんかメンドクサイ。
 
 「――ということで今日来るよね?」

 なに?まだ会話続いてたの?

 まあ別に行ってもいいけど、なんか嫌だな。今日予定あったっけ?

 「早く帰してくれるなら行ってもいいけど…」

 予定あったら大変だし。

 「じゃ決まり。あ、遅くなるといけないから、お家のほうに連絡するんだよ〜。」

 あの〜、私の意見無視ですか?ていうか言いたいことだけ言って、どっか行きやがった。

 まあ、いつもの事だから気にしない気にしない。気にした時点で負けだから。

 さて、気分転換にこの学校の紹介でもしようか。この学校は戦後に創られた高等学校で、男女
  共学の普通学科のみの学校であるが、実はこの学校、共学といってもこの学校は昔は女学校で、
  共学になったのは2、3年前。つまり、私が中学3年くらいの頃である。しかし、この学校を受
  験した男子はおらず、今現在も女子の女子による女子のための学校になっている。まあ、そう
  簡単には学校の校風を変えることは無理があると思うし。

 そんな中なぜ私がこの学校に入学したのかというと、簡単に言えば今まで女の子しかいない学
  校に通ってきたんですよ。それも地元で有名なお嬢様学校。それで、その所為か男の子が苦手
  なんですね。それで慣れる為に共学を選び、尚且つ男子が少ない学校に行きたかったのでこの
  学校に入学してきたんだけど…。

 しかし結果はご覧の通り。男子が一人もいないという状況は、中学の時とあまり変わらないけ
  ど、後悔はしていない。前居た学校よりは居心地良いし。
  
 前の学校はお嬢様が殆どで、それに貫一の学校で幼稚園から大学までエスカレータ方式で進んで
  るから、少し狭苦しい思いをしていた。何故なら、私はお嬢様だとか、そういう言葉とは無縁の
  家庭で育ち、周りにもそういう人居なかったし。いうなれば、ごく一般の庶民だ。家だって豪邸
  ではなく、普通の一戸建て。ローンもきちんと払ってます。
  
  でも、親も少なからず私の事を察していたから、今の学校を受けることが出来たんだよね。

 親も親で、憧れだったから知り合いのコネ使って入学させたとかで、本当申し訳ないって謝って
  いたし。

 そういえば、よく私あの学校に入学できたよな。幼稚園からだけど、でも入園試験も難しいはず。
  家の審査とかもあるだろうし…。コネというのは少しばかり恐ろしいと思った。ていうかその知
  り合いとやらは一体どんな人なのか知りたい。絶対一般人レベルではないな。

 って、今はそんなことを考えてる場合じゃない!今日の放課後、沙紀の家に行かなければならな
  くなってしまった。
  
 ヤバイぞ!危険な匂いがプンプンする!

 沙紀の家には何回か行ったことあるけど、行く度に何かを仕掛けてくる。

 3年に進級し、久しぶりに沙紀の家に遊びに行ったときは、いきなり押し倒したりしてきて正直死
  にかけた。あいつの考えてることは本当に解らない。なにあれ正気?私、女の子ですよ?そしてあ
  の人も女の子ですよ?確かに私あの人に男の人のこと苦手って言いましたけど、それでも押し倒す
  だなんて、何事なんだよ。

 ていうか、お互い女の子なのに押し倒すとか普通無いでしょ。冗談とか、からかう為だったら分か
  らないでもない。でもあの時の沙紀の目は真剣そのものだったから、それが余計怖かった。だから
  今でも沙紀の家に行くのに対し、ついこんな風に抵抗してしまう。

 そういえば、あの事件以来沙紀の家に全然遊びに行ってないな。あの件に関しては、沙紀も反省し
  てたし、もうあんな事しないって誓ってくれたから少なからず大丈夫だろうとは思うけど、油断は
  出来ないし。

 でも今日予定あったような、無かったような…。もし予定あったら早めに帰らなきゃいけないしな…。
  まあ、明日もあるんだし、一緒に勉強なんてそう急ぐ必要もないだろう。ていうか、自分の身を考え
  れば、学校で勉強したほうがいい。また危険行為してきたら大変だし、次こそは立ち直れない自信が
  ある。


 そんな事を考えながら、夕礼の始まりを告げるチャイムを心なしに聞いていた。







危ない一時 ->






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